アレルギーの認識と理解の差。

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アレっ子達が小さい頃、誰かに子供達のアレルギーを伝える際に、「うちの子には食べ物のアレルギーがあります。」「〇〇のアレルギーがあるのでそれは食べることができません。」と、サクッと伝えるだけで、アレルギーに対しての理解を得たと考えてました。あの時の私に伝えたい!それは、「ほとんどの人にとって一つの情報であって、理解ではない」ということを。

食物アレルギーの認知度は、近年とても高くなっているとはいえ、アレルギーを持たない人にとってはあくまでも他人事。そんな他人にどうすれば「理解、対応してもらえるのか?」というのは、アレっ子を持つ親にとっては大きな悩みではないでしょうか?お友達の家に呼ばれた時、お泊まりに誘われた時に食物アレルギーのことを伝えても、どのくらい理解していただいているのかなんてわからないし、しつこく言うのも失礼だし、聞きづらいし。。となりませんか?私自身もこれまでに、自分の伝え方が十分じゃなかったために、アレっ子を危険な目に合わせてしまったことが何度かあります。

今日はその中から二つの大きな出来事を話していこうと思います。

鼻チョン事件。

アレっ子(次男)が4歳で幼稚園が始まり、数ヶ月してクラスの女の子エレンの誕生会に招かれました。エレンはギリシャとキューバのハーフの女の子で、それはそれは美少女!!息子しかいない私は美少女と対面すると緊張しちゃいます。まあそんなことは置いといて、息子が絶対に行きたい!という事だったので、誕生会主催のエレンママとメールのやり取りし、アレルギーのことを伝えたところ「OK!no problem.」(大丈夫よ!)という返事をもらった事で、私としては”理解してもらえた”のだと思っていました。

実際に誕生会でも、我が子のためにフルーツを準備していただいていたりと気遣いを感じていたので、正直油断していたなと今では思います。楽しい誕生会もいよいよ終盤へ、ハッピーバースデーのケーキが登場!!唯一の男性ゲストだった息子は、エレンの隣に座りその他の女子達も円卓を囲む、みんなでバースデーソングを熱唱、エレンがキャンドルの火をフーッと消す、子供たちが口々におめでとう!を叫ぶ、エレンママがナイフを持ってきてケーキを切り始める、切り終わったナイフについたクリームをエレンの鼻にチョンとつける。

そしてなんと!その隣の我が子の鼻にもチョンと付けたのです!

もちろん他の子達の鼻にも。これは全く予期していなかった事で、咄嗟に防ぐことができず、いそいで息子の鼻についているクリームを拭い、薬を飲ませて様子を見る。その後、誕生会の最中には何事もなく終了、帰宅後に症状が出始めました。軽い咳から始まり、首や膝や肘の裏から発疹が始まりあっという間に全身へ。蚊に刺された後のようなボコボコの発疹で、すぐに近くのクリニックに連れて行ったところ、救急車を手配してくれてERへと運ばれました。そこで、エピペンを処方してもらい様子見の為にERに4時間滞在、これ以上症状は出ないことを確認した上で無事に帰宅しました。

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ハロウィン手袋事件。

アレっ子(3男)が4歳で幼稚園が始まった最初の数ヶ月の話。この子はアレルギーの際の症状が一番大変で、発疹だけでは終わらず咳から始まり、喘息の発作が出て呼吸が困難になるというものなので、幼稚園のクラスの先生ともじっくり話し合い理解してもらったという確信を持っていました。が、入学してほぼ毎日のように学校から電話がかかってくる。その内容は咳が止まらない、本人がしんどそうにしているというものでその度に迎えに行く事が、時には週に3~4回もあり(学校は週5だけです)学校の中で一体何が起きているのかが全くわからず、お迎えに行った際に先生と話しても先生もわからないという状況。それならクラスの様子を直接見させてほしいというお願いをして、朝の送りの際にそのまま教室に滞在させてもらって様子を見るということを、何度かさせてもらいました。それでも特におかしなことはない。。。これはうちの子が学校に行きたくないという理由で仮病を使ってマミーが迎えに来るのを待ってるのではないか?と息子を疑ったり。。とにかく理由のわからない状況が続き、気の休まらない日が続きました。

季節は秋(アメリカの学校は9月始まりなのです)、ハロウィンです。この時期は、教室でハロウィンの飾りを作ったりしてアクティビティを楽しむのが慣例です。

そんなある日、学校からいつもよりも緊迫した電話がかかってきました

息子がアナフィラキシーを起こしていて、今すぐエピペンを打つからすぐに学校へ来てください!という電話を受けて駆けつけると、学校の前には救急車がすでに到着、保健室に着くとそこには屈強な救命士さん数人に囲まれて座る息子。エピペンを打ったその直後の顔はチアノーゼの症状が出ていてまだら色の顔色、座ってるのもやっとな感じでぐったりしていました。その隣にいたクラスの担任の先生が、「ごめんなさい、やっと分かったの。本当にごめんなさい」と私に謝ってきました。とりあえずお腹が気持ち悪くて歩けない息子を消防士さんに抱っこしてもらって、一緒に救急車に乗り込み近くのERに搬送後、もう一度エピペン処方してもらって4時間の観察経過を経て帰宅しました。その頃には息子もすっかり元気になっていて、親の私の方が心労でぐったりでした。いつもそうなんですがアナフィラキシーって発症した時は死がとても近くにあるのに、過ぎ去ってしまえば全く普段の状態に戻るので、寄り添う側の方がとても疲労感を感じてしまう事があります。

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さて、クラス担任の先生ですが、先生はこれまでの私との話し合いの中で「アレルギーをしてしまう食品に触ってはいけない、食べてはいけない」ということは理解されていました。でも、それが調味料として使われていたりするものまでを指しているとは考えが及ばなかったようで、その日もハロウィンのアクティビティの一環で、ビニール手袋にポップコーンを詰める作業をしていたそうです。そのポップコーンのフレーバーが「チェダーチーズ」。先生の中ではポップコーンは大丈夫という認識で、息子もそこに参加させていたようです。
(恐らくこれまでも、そういう風な形で息子は何かに触っていた為、咳をしたり体調悪くなったりしていたのだと察します)
チェダーチーズ風味のポップコーンの威力は強力で、少し触れただけで息子はあっという間にアナフィラキシーの症状が出たようで、そこで初めて先生は「あっ!」と思ったようです。先生の名誉のために伝えさせていただきますが、アメリカ住んで数十年、先生(人)に謝られたのは初めてです(この国の人は基本謝りません)。移民の多いNYで、子供達だけじゃなく異国で子育てをしている親達のことも気にかけてくださるとても信頼できる方です。私の中では歴代ベスト3には間違いなく入る先生で、決して考えが浅いとか怠慢だとかそういうことは絶対にない方です。先生はアナフィラキシー発症した息子を保健室に連れて行き、エピペンを打つようにナースに要請したところ、これまたナースは初めての出来事だったらしく尻込みした為、先生自ら息子にエピペンを打ったそうです。(このナースとはこの事件後、私と大バトルとなったのですが、その話はまた今度)
私が保健室に駆けつけてから救急車に乗り込むまで、先生は何度も何度も謝罪の言葉を口にしていました。

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事件を経て思うこと

この2つの出来事は、私自身の伝え方の下手さ、理解してもらっているというこちら側の勝手な解釈によって起こった事だと思います。じゃあどうすればいいのか?

一番大事なのは、気後れせず何度も何度も伝えること。アレルギーのある事を他人に伝えるのはとても気を使います。特にパーティーに呼ばれた場合、主催側に負担をかけたくないという思いから、口にするのをためらってしまう事もあると思いますが、事前に伝えるだけでなく、パーティの最中にも注意を促す事がとても大事だなと思います。そこで空気を壊さないようにさっと言える一言を、前もっていくつか準備しておくと口に出しやすいと思います。あの時、ハッピーバースデーの際に私が一言「ケーキに気をつけなよ、触らないでねー」って息子に、ついでに周りにも聞こえるように一言あったら、エレンママの頭の中にアレルギー案件が思い出されただろうし、息子自身も「鼻チョン」を避けれたかもと思います。「ハロウィン手袋事件」の際も、そこまでに何度もあった前兆の中で、もっと詳しく話を掘り下げ、先生にイメージさせる事ができれば、大事には至らなかったのではと思います。私の一番のミスはその先生自体を頭から信用しきっていて、この先生なら当然理解してもらえていると言う前提のもとで接していた事だと思います。今ではアレルギーに対する対応は、経験値だと思っているので、どれだけ出来た人だからと言って信頼できると言うわけではなく、そのアレルギーで大変な思いをしている人が家族や友人など、身の回りにいる人でないと理解は難しいと思います。だからこそ、常に周りにアレルギーである事を伝え続ける、エピソードトークをして想像してもらう、上手にサッと言える一言をあらかじめ準備しておくと更に良いと言うところでしょうか?要は言語化のスキルを磨き、伝え上手になるということですね。

©madoka
この記事を書いた人

【著者:マドカ】

かつてのアレっ子はアレっ子母になりました。
乳製品大国のアメリカニューヨークで、我がアレっ子達が美味しく安全に食べられるものを探し求める日々。
アレルギーを一つの個性と捉え、アレっ子達の「美味しい!」のために日々精進。

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